案件名:「オンラインカジノに係るアクセス抑止の在り方に関する検討会 中間論点整理(案)」に対する意見募集
所管省庁・部局名等:総務省総合通信基盤局電気通信事業部 利用環境課
提出日:2025年8月14日
一般社団法人MyDataJapan
東京都港区赤坂8−4−14青山タワープレイス8F
一般社団法人MyDataJapan は、総務省総合通信基盤局電気通信事業部 利用環境課の「オンラインカジノに係るアクセス抑止の在り方に関する検討会 中間論点整理(案)」に対する意見募集について、以下のとおり意見を申し述べます。
提出意見:
1. 全体について
整理案は、通信の秘密の重要性とブロッキングの悪影響について正確かつ丁寧に記述しており、その点は高く評価できる。また、過去にブロッキングの実施が検討された事例に照らして、
(1)ブロッキングは、他のより権利制限的ではない対策(例:周知啓発、フィルタリング等)を尽くした上でなお深刻な被害が減らないこと、対策として有効性がある場合に実施を検討すべきものであること(必要性・有効性)
(2)ブロッキングにより得られる利益と失われる利益の均衡に配慮すべきこと(許容性)
(3)仮に実施する場合、電気通信事業者の法的安定性の観点から実施根拠を明確化すべきこと(実施根拠)
(4)仮に制度的措置を講じる場合、どのような法的枠組みが適当かを明確化すべきこと(妥当性)
という4つのステップに沿って、丁寧に検証することが適当である。としている点も妥当である(3頁)。
もっとも、(1)ないし(4)がこの順序で検討されるべきことを考えれば、(3)と(4)について、4.3と4.4にまとまった紙幅を割いて記載する整理案は、やや「前のめり」なものとなっている。なぜなら、後記のとおり、上記(1)より制限的でない対策が尽くされておりブロッキングが対策として有効であることと(2)得られる利益と失われる利益がバランスしていること、の2点について、現状ではおよそ目途のたっていない状況というべきだからである。(3)と(4)は、むしろ(1)と(2)が整理された後に検討されるべき性質のものであり、現時点での整理案で取り上げる必要性のないものであった。
さらに、主要先進国のブロッキング実施状況を参考にすべきとの点についても妥当ではあるものの、他の先進国でブロッキングを実施しているから日本でも実施してよいということに直ちにはならないことに注意を要する。なぜなら、インターネットの自由を守る仕組みは国によってさまざまであり、たとえばEU加盟各国においては、データ保護法制が我が国より厳格であり、cookieや広告IDに紐づく情報が個人情報として保護されている。また、米国では表現の自由が非常に強い保護を受けている。我が国においては、インターネットの自由の保護において、通信の秘密が大きな役割を果たしているため、「外国でやっているから日本でもやってよい」とするのは短絡にすぎる。この点は、海賊版サイトブロッキングの際にもなされた議論である。
2.ブロッキング以外の手段が尽くされたか(必要性)
(1)
現状では、ブロッキング以外の手段が尽くされたとは到底言えない状況にあるため、今後はこの点についてしっかり注視する必要がある。
まず、2025年8月現在、「オンラインカジノ」で検索すると、「人気海外オンラインカジノサイトベスト20」のような紹介サイトが検索結果として表示される。その中から人気のあるとされるカジノサイトにアクセスすると、日本円での決済が可能なこと、各種大手クレジットカードでの決済が可能であること等が表示される。このように、オンラインカジノへのアクセスは極めて容易であり、かつクレジットカードを使って簡単に博戯を行うことができる。このような状況では、ブロッキング以外のより制限的でない対策がなされているとは到底認めがたいであろう。少なくともクレジットカードでの決済が可能である点は早々に改められるべきである。
(2)
次に、関係者の検挙が挙げられる。この問題に関しては、オンラインカジノを利用した芸能人やスポーツ選手などが単純賭博罪等で検挙された報道が目立っており、2025年6月には、決済代行などを実施した者らが逮捕されている。しかしながら、前記のとおり、海外オンラインカジノは、堂々と営業を続けており、関係者に対する検挙等が期待される。海外オンラインカジノの運営主体は、海外の会社ではあるものの、日本国内から賭博に参加できる場合には、日本における賭博場開帳罪が成立する(国内犯である)ため、同罪で摘発することに理論上の障害はない。もとより、摘発対象が外国法人であることから、捜査の困難性は予想されるものの、流ちょうな日本語でのサイト運営がなされており、日本語チャットでの相談等も可能であることから、多くの日本人がサイト運営に関与していることが想定される。また、「オンラインカジノサイトの多くは特定のCDN事業者のサービスを利用して、日本国内のサーバから配信していると考えられる」(検討会第4回JAIPA発表資料38頁)ことから、特定のCDN事業者やそのCDN事業者が利用するデータセンターの関係者に対する捜査が可能である。
(3)
さらに前記の「特定のCDN事業者」については、これまでも、違法情報の温床として問題視されており、その違法情報媒介責任や法執行の適否について検討を深める必要がある。特定のCDN事業者自体が賭博場開帳罪の共犯となる可能性も含めた検討がなされるべきである。
3.ブロッキングの有効性
(1)
ブロッキングの有効性について整理案は、ブロッキングの実効性・回避可能性の問題と、ブロッキングにどのような効力があるかの問題を混同している。今後の検討を進めるうえで、この混同は障害となると思われるので分離して書くことを提案する。
(2)
ブロッキングの回避可能性については、構成員から多くの指摘があるとおり、深刻な状況となっている。従来からパブリックリゾルバの利用等により簡単に回避可能であることが指摘されてきたが、現在では、わが国においてシェアの大きいスマートフォンがブラウジングにおけるプライバシー保護機能を提供していることにより、さらに回避が容易となっている。この点は、海賊版サイトの議論のときに比較しても、格段に差異があることに注意を要する。テックコミュニティからは、容易な回避の可能性を指摘する意見が多く出されている。実効性が乏しいにもかかわらずブロッキングを実施することは、通信の秘密の軽視にほかならない。
整理案はこのような現状を一応踏まえた記述となっている。「ブロッキングについては、技術的な回避策(例えば、VPN等によりDNSサーバを迂回する方法)があると指摘されており、近年では、特定のスマートフォン等の端末におけるプライバシー保護を目的とする機能を利用することにより、誰でも容易に回避することができるようになっているとの指摘がある。児童ポルノサイトのブロッキングが検討された時と比べ、大きな環境変化を踏まえた議論が必要である」(整理案20頁)とするのは、まさにそのとおりであり、評価できる。
しかしながら、整理案の問題はそれに続く部分にある。整理案は、上記引用部分に続けて直ちに、「一方で、カジュアルユーザーや若年層がギャンブル等依存症になる前の対策が重要であるところ、ブロッキングは、これらの者に対し、オンラインカジノの利用を抑止することが可能であり、ひいてはギャンブル等依存症になることを未然に防止するなど、予防的効果があるとの指摘もある」とする(20頁)。このような効果が見込めるのは、ブロッキングが奏功し、警告表示ができた場合の話であって、ブロッキングが回避される場合にはそのような効果はない。先ほど、ブロッキングの実効性・回避可能性の問題と、ブロッキングにどのような効力があるかの問題を混同すべきではないと述べたのは、このような趣旨によるものである。
4.ブロッキングにより得られる利益と失われる利益(許容性)
整理案が、賭博罪の保護法益が通信の秘密の侵害を正当化することが困難であるとする点(整理案23頁)は、的確である。整理案は、その上で、ブロッキングによって得られる利益は賭博罪の保護法益に留まるものではない、としつつ、(1)ギャンブルの依存症被害における権利侵害の重大性についてこれまで十分な検討がなかったこと、(2)オンラインカジノ固有の権利侵害についての検討が必要であることを指摘しており(整理案23頁)、これらはいずれも十分首肯しうるものである。
まず、(1)ギャンブルの依存症被害の重大性に関しては、ギャンブル依存症被害対策法の下で、相談窓口の設置や普及啓発、依存症対策基本計画の策定などの対策が行われている。しかしながら、これらはいずれも、不可避的に生じる大量の依存症被害者をどのように救済するかという発想に立つものであって、依存症被害者を減らす抜本的な解決策ではない。依存症被害を減らすためには、パチンコ・パチスロの違法化や公営ギャンブルの見直しなどの抜本的な対策が必要であることは明らかであり、わが国の法制度は依存症被害を重大な権利侵害とはとらえていない疑いがある。同じことは、破産法が賭博を免責不許可事由としていることについてもいえる。同法252条1項4号は、「浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと」がある場合には、原則として免責を許可しないとする。同法2項により裁判所の裁量により免責を許可することが認められているものの、このような免責不許可事由の規定は、依存症被害者に対する破産法の冷淡な態度を示している。依存症被害の重大性を語るためには、わが国の法制度全体における依存症被害者に対する姿
勢をまずは抜本的に見直すことから始めるべきである。
次に、(2)オンラインカジノ固有の権利侵害については、そもそも違法であるため還元率の設定などができないこと、24時間博戯が可能であることなどのオンラインカジノに固有の問題がある。もっとも、依存症被害者の数や掛け金の総額については、客観的な資料に基づいてパチンコ・パチスロや公営ギャンブルと比較することが求められる。この点、整理案が「オンラインカジノについては、賭け額の異常な高騰や深刻な依存症患者の発生など、きわめて深刻な弊害が報告されており」とするのは客観的な資料に基づくオンラインカジノの特殊性といえるのか否か、疑問なしとしない(23頁)。なお、オンラインカジノに固有の問題として、「国富の流出」が問題とされることがある。整理案5頁もこの点を指摘している。しかしながら、ここに「国富」とは、胴元の収益のことである。「国富の流出」に対する懸念は、要するに「海外の胴元ではなく国内の胴元に払え」ということにすぎず、通信の秘密の侵害に対する正当化の理由とならないことはもちろん、依存症被害者の権利侵害をも軽視する考え方である。
パチンコ・パチスロや公営ギャンブル全体に対する見直しが行われず、IR推進法の下で、統合型リゾート施設の一部としてカジノを導入する計画が存在する一方で、オンラインカジノに対する警鐘のみが鳴り響く状況はいささか不自然と言わざるを得ない。オンラインカジノに対するアクセス抑止方策は、「国富の流出」以外の観点からなされるべきものである。
5.最後にーこれまでの経緯を踏まえて
児童ポルノのブロッキングは、自主的取組み(緊急避難)として現在も実施されている。海賊版サイトのブロッキングでは、自主的取組みの提案は、結果的にはアクセスプロバイダから拒否され、法制化の議論も紛糾の末に見送られた。これらの経緯は、整理案がいうところの、Aブロッキング以外の手段が尽くされたか、Bブロッキングは対策として有効か、C得られる利益と失われる利益は均衡しているか、の3点について、しっかり吟味した結果としてそのようになったものである。オンラインカジノに限らず、今後も違法有害情報についてのブロッキングの提案は出てくるであろう。もし仮に、どこかで前記ABCの検討が不十分なまま、「理屈なしの例外的ブロッキング」を認めると、それ以降の違法有害情報対策は、すべてブロッキングで(つまりアクセス経路上で)やることになる。そうなると、違法有害情報等へのアクセスの監視が一般化し、インターネットの利用環境は、現在とは大きく異なるものになってしまうであろう。
以上